掌編 『夏の終わりと蝉の訪れ』
いつの間にか夏が終わっていた。
チャイムが鳴れば解りやすいが、移ろう季節は曖昧に遷移する。もしかしたら、季節って奴は、秋だと気づいて愕然とする私をこっそり隠れて嗤っていそう。引っかかりましたね。もう、秋なんですよ。ってクスクス。
時々、そんなことを考えてしまう。
あれだけ暑くてむかついていたのに、過ぎ去ってしまったと知って愕然とする。高くなった空を見上げて、どうして夏を嫌いだったか思い出すことができない。ちぎれた綿のような細い雲の河を見て、もっと暑い夏を満喫したかった。とぼやかせるのだ。
でも、嘆いていても何も変わらない。寒い冬へと突き進んでいくこの季節の中でできることは、残り香を探すくらい。ミンミンゼミやツクツクボウシが鳴いているのを確認しながら、まだ、今年の夏は終わっていないんだ。そう思い込もうとする。
海に行って潮の匂いを確認する。思い出の中に残っている夏の時間が少しずつ蘇ってくる。軽い気持ちではしゃぎ続けた子供の頃に還っていく。時間は無限大に存在して、老化などは絶対に起こらないと確信していたあの頃に。
革靴で砂浜を歩く。乾いた砂が靴に入り、チクチクした痛みで心がささくれ立つ。叫びだしたい衝動に駆られる。
サーファーが一人、海に入っていく。初心者だろうか。沖まで行かず、波打ち際で楽しんでいる。立ち上がれず、立ち上がったと思ったらすぐに倒れる。それでもめげずにボードに乗り、少しでもましな波が来るのを待つ。
悪くは無い。
私は走り出す。革靴に砂が入り込むのも気にしない。頭の中を空っぽにして、全力で疾走する。海草に足を取られ無様に転ぶ。だが、すぐに立ち上がる。砂だらけになったことすら気にせずに駆け出す。いつまでも。いつまでも。
了