「止まない雨」 掌編
セブンスターの木はその場所にあった。
子供の頃に見た姿と、全く変化が無いように感じられた。
雨がシトシトと降ってくる。真夏だというのに肌寒い。気温が四十度を超えたニュースで大騒ぎしている国の話とは思えない。現実を疑いながら水滴で重くなった前髪 をかきあげる。垂れてくる水滴を振り払うため頭を軽くシェイクし、地面に視線を落とす。すると、道路を濡らしている雨は大地を黒く塗りつぶそうとしてい る。
溶けてしまえ。
呟きながら空模様を呪う。
この雨は永遠に止むことなどない。
降り続けて世界を沈めてしまうのだ。
水の中に閉じ込めて窒息させてしまうに違いない。
救われること無く泡となって消えてしまう。
きっとそうだ。
溶けてしまえ。
雨が口の中に染み込んでくる。不思議な苦味がある。吐き出したくなる臭みがある。しかし、何もできない。全ての感覚を奪われ動くことができない。石化したかのように立ち尽くすことしかできない。
それでもいいと思った。そのためにここに来たのだから――。
「もうすぐ止むな」
シャッター音と同時に背後から男の声が聞こえた。呪いを解かれたのだろうか。私が肉体を取り戻し振り返ると、一眼レフを構えた男が独り言を口にする。
「虹が出たか」
男の視線の先を追いかけて再び空を見上げた。そこには、両手を伸ばしても捕まえ切れそうに無い、とても大きく淡い色の架け橋が描かれている。絵の具が雨で溶かされたような抽象的な存在は、闇を渡る道しるべになっている。
了